懐石道具の焼物とは

陶芸の茶の湯(6)

 こんにちは、けいみるるです。

 今回は、懐石道具の焼物とはについてです。

 

例)懐石料理と器

例)向付

 懐石道具とは、茶会の食事に使うものです。

 安土桃山時代に千利休がその精神を茶道に取り入れたことが始まりです。

 

 懐石道具について詳しく書いていきます。

懐石道具とは

 茶の湯では、懐石料理は茶事の流れの一部であり、お客様にお茶を美味しく味わっていただく為に用意する軽い食事の事をいいます。

 

 弾僧が空腹を紛らわせるために焼いた石を布でくるみ懐に入れていたことから、腹中を温める程度の軽い食事を懐石と呼んだのが始まりといわれています。

 

 懐石料理では、膳の最初から最後までお客様の前に置かれている器があります。

 それが向付と言います。

 向付とは、茶事に懐石料理の最初に出される膳の料理を盛る器です。

 季節の刺身や輪え物などを盛ります。

 華やかな器を膳の向こう側につけて、手前に塗りの飯椀と汁椀を置く形式を作り、慶長以降今日にいたるまで、施釉陶器の食器の立役者となります。

 

 古田織部の時代に慶長年間は、食器革命と呼ばれた時代で向付を始め器形も、意匠もさまざまの器が現れました。

 手付鉢という新しい器も現れました。

 ろくろ成形後、皿の部分を変形して造形して元々付いていた高台を取り、別作りの手部を接合したものが手付鉢です。

 当時としては、新しい手法だったようです。

 桃山茶陶の創造の原点が、この手付鉢ではないでしょうか。

 

 代表作品は織部手鉢ですが、中国の景徳鎮釜の窯で作られた古染付の手鉢や、祥瑞(しょうずい)の手鉢などが有名です。

 同じ様な作風を否定した美濃の陶工は鼠志野鉢赤志野鉢など、多様な絵付を用いて抽象化を図りながら、一点として同じものを作らないということで、個性的な作品を茶人たちに提供してきました。

 

 菓子鉢という焼物もあります。

 桃山時代に焼物の鉢がどのくらい、利用されていたかは不明です。

 菓子鉢は懐石と同じ鉢を使うのが、基本的な習慣のようです。

 

 鉢には他にも香の物鉢というものがあるようです。

 江戸時代中期まではお新香を入れて食事中に出していました。

 後期には最後に出してぶぶ漬けでご飯を食べていました。

 これは京都を中心とした食生活の習いのようです。

 

 このぶぶ漬けのための香の物鉢は茶人たちは、朝鮮陶工に、御本手の茶碗と同じ技法で御本刷毛目御本三島などを、作風を持って香り物鉢を作らせていました。

 日本においても各地で菓子鉢や、香の物鉢を作っていました。

 17世紀前半に成果がでてきました。

 

 以上が、懐石道具の焼物とはでした。

 まとめ

 懐石道具は茶事に出されます、懐石料理に使う道具ですね。

 懐石料理とは、茶会で濃茶を頂く前に出される軽い食事のことをいいます。

 茶道の心である侘び寂びを料理で表現しています。

 道具には、料理を盛り付ける器があります。

 様々な形や色合いがありますね。

 

 向付や鉢、手鉢、菓子鉢が、茶道に利用されていました。

 歴史ある器で食べる料理の味は、どんな味がするのでしょうかね。

 懐石料理いつか、食べてみたいですね。

 最後まで見ていただきありがとうございます

 次回は、陶磁器の骨董品とはです。

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