ヨーロッパの陶磁器・1

世界の焼物(6)

 こんにちは、けいみるるです。

 今回はヨーロッパの陶磁器・1についてです。

 

ヨーロッパのマヨリカ焼

マヨリカ焼とは

 イタリアの錫釉陶器せきゆうとうきでルネサンス期に発祥しました。

 歴史上の光景・伝説的の光景を描いた焼物が多いのが特徴です。

 

ヨーロッパの陶磁器について書いていきます。

世界編

 ヨーロッパの陶磁器は7世紀の唐時代にマルコポーロが、中国から小さい白色の花瓶を持ち帰ったのが始まりです。

 13世紀にはイスラム文化に入っていたスペインはイスラムの、陶器の技術が使われました。

 特にバレンシア地方中心に錫釉(すずぐすり)をベースに、ラスター彩陶器が人気を博しました。

 大きなお皿や、大きな壺などが今日まで伝わっています。

 この焼物は素地が錫釉です。

 その錫釉の技術を使ったイスパノ・モレスクという焼物が、スペインのマホルカ島に由来するマヨリカ焼きです。

 

 マヨルカ焼きとはどんな焼物でしょうか。

 マヨルカ島経由でイタリアに輸出されました。

 イタリアに、13〜14世紀には、焼物の施釉陶器を焼く窯場を一挙に定着させる働きをしました。

 各種の金属顔料を錫釉の上にのせて焼き付けて釉薬の中に、沈め込んで色絵表現を可能にしたのがファエンツァを中心とした、窯で焼かれるマヨリカ焼きです。

 

 15世紀には、オスマン・トルコのもとで中国陶磁模倣の動きがあり、元時代やちょう時代の染付磁器を元に、白化粧、下地染付陶磁が、トルコのイズニークという所で始まりました。

 

 16世紀には、様式がトルコ化していきます。

 各種の下絵の具を加味した、鮮やかな中に澄んだ独特のトルコ陶器ができあがりました。

 

 16世紀後半には、国運が上り坂に差し掛かっていた、オランダに導入されました。

 オランダでは、デルフトを中心とした窯場で錫釉の染付磁器が、大量に焼かれることになりました。

 デルフト焼きとは、どんな焼物なのでしょうか。

 赤土の胎土を1000℃前後で素焼きにします。

 鉛よ錫を利用した釉薬を素地に掛けます。

 上絵付けを各種の顔料で行い、クワルトと呼ぶ透明釉をかけて1100℃位で焼成するという、一歩進んだ技法を使っています。

 

 素地は柔らかいのですが、中国陶磁の染付に近づく染付陶器を完成していきます。

 デルフト染付に刺激をうけたのが、1602年のオランダ海軍に、拿捕されたポルトガルの軍艦に積まれていた中国陶磁でした。

 始めてみたオランダ人は中国磁器に魅了されました。

 

 デルフト窯がすぐに応用して、大作を作りました。

 上絵付けがされたのが1680〜90年でのことでした。

 中国の磁器ははもちろんのこと日本にある伊万里焼も、大きく影響されました。

  

以上が、ヨーロッパの陶磁器とは・1でした。

 

まとめ

 ヨーロッパでも、中国陶器や日本の伊万里焼の影響をうけていたんですね。

 色んな試行錯誤があって、今日のヨーロッパの陶磁器が、出来上がったんですね。

 マヨリカ焼きや、デルフト焼きというのが始まりなのですね。

 いつか、本場の焼物をみたいですね。

 参考になれば嬉しいです。

 

 最後まで見ていただきありがとうございます。

 次回は、ヨーロッパの陶磁器・2です。

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